究極のアンチエイジングは姿勢から、誕生物語

少年の心大人のサイフ

究極のアンチエイジングは姿勢から、誕生物語

大きな夢を描いて生きて来たのかな〜?

北海道で出会った不思議な爺さんが、僕の人生を変えた話

もう40年以上も前の話ですが、僕が20歳の頃、北海道にバイクツーリングに行きました。一人旅です。

稚内に向かう道で、一台の原付バイクを追い越しましたが、その異様なバイクに「なんじゃあれは?」

原付バイクのハンドルに取り付けてある風除けスクリーン。そこに競馬新聞を全面に貼り付けて、競馬の予想しながらバイクを走らせていた爺さん。

僕は近寄って挨拶し聞きました。「前見えるんですか?」

「うんにゃ全然見えねえ」

意気投合し、その爺さんと一緒に稚内港へ。「あのフェリーに乗るぞ」と号令をかけられ、向かった先は礼文島。

僕は爺さんと分かれて桃岩ユースへ、するとユースに電話があり爺さんからでした。

「ウニの良いのが上がったから、食わしてやるから出てこい!」

そしてウニやイクラ、ホッケなどなど大いにご馳走になった僕。

会ったときから、なんとなく感じてはいたのですが、この爺さん、、、身なりは小汚いのですが、どこか大物の雰囲気があります。奢ってもらった食事代だってそれなりの金額。

お腹いっぱいになって「う〜〜」って唸ってたら、その爺さんの一言が、僕の人生を変えました。

「男はよ、少年の心に大人の財布を持て」「周りを見て見な。逆の奴ばっかりだろう」(少年の財布に大人の心)

その言葉は、今でも僕の座右の銘になっています。

サラ金の金庫室に監禁された

サッリーマン時代、仕事の成績は良かったみたいですが、サービル残業とクレーム処理には悩まされました。

今でもハッキリと覚えています。

とあるサラ金の事務所へクレーム対応。

上司の命令で行かされた。

「こんな時は上司のお前から率先して行けよ」

なんて言えるわけもなく、仕方なく誤りにいく。

ボロカスに言われて「お前そこで反省して立ってろ」奥の部屋を指さされます。金庫室でした。

立たされました。

屈辱でした。長い時間に感じました。

こんな会社辞めてやる!

うつ病になってしまった

会社員時代はとにかく忙しかった、サービス残業は当たり前でした。

たしか180日間くらい、連続出勤した事もあった。完全徹夜が週2はさすがにきつい。

上司を見ると自分の未来も見えてきます。そしてその通りになりました。

40歳の頃の僕は、首の不調と背中の痛みに悩まされ、首の手術宣告を受け、頭皮にまで広がったアトピーは気が狂うにほどでした。

整形外科はもちろん、整体、鍼灸などなど、診察券を束にして立つほど、あちこちに通いました。しかし何も変わらない。そして・・・

うつ病

僕は「うつ病」と、自覚した瞬間を覚えています。

都内の大きな書店に入りました。しかし読みたい本、雑誌が分からないのです。本棚から本棚へ移動し、結局は一冊の本も雑誌も、手に取る事なく書店を出てしまいました。

その直後、背中を悪寒が襲いました。立っていられなくなりました。

小さく叫びました「たすけて」

ある日、

小さな整体院にダメ元で行ってみました。女性整体師さんが一人でやっている整体院です。

その整体院は、今までの病院や整骨院、整体院などとは全く違っていました。

女性整体師さんは僕の話を、丁寧に丁寧に聞き続けてくれたのです。

身体の調子が悪い、心も壊れた。人を批判し汚い言葉を吐き続ける僕の話を、女性整体師さんは丁寧に聞いてくれて、そして全て肯定してくれました。共感してくれました。

僕は涙が止まらなくなりました。声を出して泣きました。

そして、女性整体師さんからの次の一言で、全てが変わりました。

「もう大丈夫よ、私にまかせて」

「姿勢から整えていきましょ」

そして僕は「健康美」を手にいれることができました。

首の手術、もちろんしていません。いつの間にか治りました。

アトピーはいつの間にか消えました。

65歳の今も、肩こりも腰痛も何も無いです。

腹も出ていません。V字形の体型を保っています。美脚です。

僕は確信しています

人が壊れていく順番は、表情>姿勢>心>内蔵。

治っていく順番も同じ、表情>姿勢>心>内蔵。

僕を救ってくれた女性整体師さんは、僕の話を丁寧に聞いてくれました。共感してくれました。うなづいてくれました。


嬉しかったです。

やっと出会えたと思いました。

僕の顔に表情が戻りました。もちろん良い表情。

良い表情で呼吸が広がり、乾燥肌が潤ってきました。

嬉しい気持ちになると背筋が伸びることを知りました。

軽快な足音に変わりました。自信がついてきました。

僕はできる!

女性整体師さんのような仕事をしてみたい

僕はお金持ちでも、有名人でも無いです。しかし自信を持って言える事があります。

運が良いのです。強運です。

会社を辞めて整体の学校に通い始めました。

その学校で、後の師匠となる二人のすごい方と知り合いになりました。

整体の先生とストレッチの先生です。

整体の先生のご自宅に

僕のおばあちゃん

僕のおばあちゃんを紹介します。95歳です。残念な事に昨年、天寿を全うしましたが、乗合バスを待っているときの1シーンはモデルのようです。

猫背は命に関わると思った。

僕は54歳の時に世界一過酷と言われる、サハラ砂漠250キロマラソンに挑戦しました。マラソン未経験での挑戦です。友達が勝手に申し込んだ(泣)

サハラ砂漠250キロマラソン。

気温は日中45度ギラギラです。夜は5度までキンキンに下がります。

水以外の物資は補給受けられず7日分の食料など、全ての物資を自分で背負って走り続けます。

装備を充実させるとドスンと重くなるし、軽くすると生き延びれない。

5日目に意識を失って倒れました。

そのまま干からびて終わり。にはならず、意識が戻り、ぼんやりしているとラクダが歩いていました。

ラクダなどの大型動物は、頭が揺れない歩き方をします。足腰の負担を減らすためです。

気が付きました。僕は猫背でサハラ砂漠を250キロ歩こうとしていた。

姿勢には普段から気をつけているつもりです。しかしサハラの大自然と、世界中から集まったトップアスリートに囲まれ萎縮し、猫背になっていました。バタンと膝から崩れ落ち、意識を失って倒れた。

ギラギラの強烈な日差しが、頬を焼いていたと思います。

猫背はヤバイと思いました。命に関わると思いました。しかし、自力で姿勢を整える力は残っていません。

そこで帽子と背中のリュックを紐でつなぎ、リュックの重さで頭を持ち上げ、背筋を伸ばしました。「なんちゃって正しい姿勢」です。

そして歩き始めました。

すると奇跡が起こりました。だんだんと体が動くようになってきたのです。これにはびっくり。

行けるかもしれない。表情が変わりました。背筋が伸びました。歩幅が広がりました。砂地を蹴る足音が「ざっざっざっ」と規則正しくなりました。

そして僕はサハラ砂漠をマラソン未経験で250キロ完走しました。

正しい姿勢って凄いと思いました。

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